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たぶん、これが原因だ!
イヤ、絶対、これだ!
持病である。
これも原因だが、
それは原因でもあるより今では前提でもある。
その前提は22歳、
私が外国映画の配給会社をやっていたとき、
その時、スエーデンから持ってきたフィルム(2000フィート缶)
5缶を試写室に運んだときだった。
タクシーから紀尾井町だったと思う、
そこへ運ぶ途中、
グキッといってしまった。
これが今の腰痛の前提として
持病と呼んでいる原因である。
昨年、立てないくらいに激痛に見舞われた。
ランニングで違和感があった腰を成田の○○治療院という
鍼灸を個人営業でやっている
オバチャンに診て貰った。
何の医学的知識もないオバチャンが
患部に鍼をを刺した。
普通、鍼はいたくないモノだが、
激痛が走った。
それが悪化し、この椎間板ヘルニアの原因であと
断定した。
そして今、また腰痛が再発た。
これの原因もあの鍼灸師と断定してもいいのだが、
もしかしたら、
そう、シューズ。
シューズが原因ではないだろうか?
今履いているシューズはもう4ヶ月くらい使用している。
寿命かも?
そう思い、そのシューズの裏を見ると、
両足とも踵部分が2cmほどすり減っている。
そして、確か去年、激痛に見舞われたときも
シューズがちょうど寿命だったことを思い出す。
これが原因である。
たぶん、
とうことはあの鍼灸師は関係なかったことになる。
当時は頭に来て営業妨害と訴えられてもおかしくないほど、
周りの人間にボロクソ言っていたが、
もしかしたら、濡れ衣を着せたことのなるかも知れない。
しかし、今通っている整体院では、今なお、
それが原因と言っていたが。
イヤ、これも私の口吻から彼がそう判断したとも限らない。
もしそうだとすると今、通っている整体院は
原因を特定していないということになる。
とすると、今の治療の根拠はないということになる。
しかし、果たして原因とは本当に根拠なのか?
原因なんてモノははじめからなかったのではないか?
原因はないが、現実に腰痛という事実はある。
その事実。
原因なんてどうでもいい。
そこには正解はない。
事実。
事情。
その出来事が存在したというリアリティである。
「走るコンサル」
「私たちは因果律から解放されることが
その人生のが最終ゴールである」

※本当はランニング自体が原因だと思っている。 |